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uirouのひとりごと

不定期に何か書こうと思います。

僕にもできるかも、のお話

ここ最近んヶ月ほどそうなんじゃないかな、と思って勝手にいろんなものを当てはめて説明可能かどうかをベンチマークしている概念がある。「僕にもできるかも、と思った時、それをやりたいとも思っている」というもの。
一番最初に感じたのはニコニコ動画の料理を作る動画を見ていたときなのだけれど、凄く手の込んだ料理を作る動画よりも、チャーハンみたいなそんなに手の込んでない、でもいつもうまくできるか?と言われたらちょっとわからない、位の題材を扱った動画の方が面白かったってな時だった。確かに凄く手の込んだ料理の動画も「うぁー、すげー」とは思ったのだけれど、「これは俺にはできないよなー」みたいな事も一緒に考えてて、どうにも僕よりも向こうの世界っぽさが気になってちょっと残念な感じがあった。それに対してチャーハン作りの動画は「ちょ、俺だったらそんなことしないぞ!」とか「コイツよりはうまいもんを俺は作れるぜ」とかいう感じでニヤニヤしながら見てたりした。どうやらそういう事を思った人も多いらしく、チャーハン作りの動画は結構な数の動画が公開されてた気がする。自分としてもキッチンが綺麗だったら動画を撮って投稿してたかもわからん。
んで、そのときに、この「僕にもできるかも」というのがそれをやる気を出させるいい原動力になるんじゃないかな、と思って、これってゲームとかを人にやらせるために使えるんじゃないかなみたいな事を考えたわけ。それで、この概念は結構普通なものなのかな、と思って、てきとーにそこらにあるやる気のおきる/おきない問題をこの概念で説明できるのかなぁという視点で、これを当てはめて考えてみてたわけです。そしたら結構いろんな時に「僕にもできるかも」と思ってるっぽいことがわかりましたよ、というお話。
例えば、大きな仕事だと思うとやる気がしないからその仕事を分割して小さくしようってのも、こんな小さな仕事なら俺にもできるかも、って読み替えることができそうだし、自分は昔シューティングや格闘のゲームをやってたことがあるのだけれど、ゲームが難しく進化してったり周りの人がうまくなりすぎたりして、こんなん俺にはできねぇよ、と感じてからはやる気がなくなっちゃった。これってゲームバランスそのものがその人に合ってないとかそういう話なんだろうけれど、そういう僕にもできるかもと思わせるのがうまかった(多くの人、今まで遊んだことの無い人に思わせた)のはDSの脳トレとかなのかなぁ、とかそういう感じ。
いろいろ考えてみるとアタリマエの話のような気もするのだけれど、単にやる気にさせると考えるよりも、僕にもできるかも、と考えさせるように考えたほうが楽なのかなぁ、というそういうお話でした。
なんか尻切れトンボになってしまった。まぁいいか。